背が伸びない原因
身長の常識の間違い
科学分野では、「常識」とされている「間違い」は多々ある。物理学や化学、生物学が発展していなかった時代、現象面や経験則で判断されたことが常識となり、それが現代でも生き残っているためだ。
人体の構造については、ルネサンス以降、ベルギーのヴェッサリウス(1514~64年)らによる解剖学が発展し、人体の組成がしだいに明らかになってきた。しかし、それでも臓器や器官から生命を維持するのに必要な物質が分泌されていることがわかったのは19世紀だ。
この物質が「ホルモン」と名づけられたのは1902年で、命名したのはW・M・ベイリスとE・H・スターリングである。ホルモンとはギリシア語の「呼び覚ます」が語源で、「刺激する、押しやる」という意味をもつ。
また、世界で最初に純粋な形で化学的にホルモンを取り出したのは高峰譲吉で、1901年(明治34年)のこと。このホルモンが「アドレナリン」と呼ばれたのは、よく知られている。
以後、ホルモンの研究が盛んになり、やがて伸長に関係する「成長ホルモン」が、脳の視床下部内の脳下垂体から分泌されることが明らかになっていく。つまり、こうした化学的な知識が積み重なり、それまでの常識が否定されていく。
もちろん、伸長の常識も、近年、否定されるようになった。伸長メカニズムが解析され、伸長対症療法が確立されている現在では、すでに伸長に関する過去の常識は「非常識」となっているのが、医学界の常識である。
身長が伸びないパターン
動物において相手を受け入れるかどうかの決定権は、メスにある。オスが言い寄り、メスが承諾すれば交尾が行なわれる。
人間も同じで、受け入れるかどうかは女性が決定する。つまり、男性は女性に好かれなければ受け入れてもらえない。その女性は、自分の身長を(病的な低身長でない限りにおいて)男性ほど気にしない傾向がある。選ぶ男性の背が高ければ身長の低さをおぎなえるからだ。
そして、決定権をもつ女性が長身男性を好きとなれば、いきおい男性も背を高くしたいと思うだろう。少なくとも平均身長ぐらいの背になりたいと願うのは自然である。
人の人への高邁な精神的理想はともかく、現実は見た目が左右する。それを考えると、高身長、低身長で印象が違うのに、背の高さを考慮する子育てがなおざりにされているのではないか。
もちろん、身長の高低が人格や能力を左右するわけではない。そこは誤解しないでいただきたい。
さて、では人の最終身長は、何によって決定されるのだろうか。
一般的には、「背の高さは遺伝によって決められている」という思い込みがあるようだ。だが、それはまったくの間違いである。伸長のメカニズムを研究してきた私にいわせれば、計算できるようになってきたからである。
簡単にいうと、「4歳時の身長が何センチだったか」「思春期がいつ来たか」で、おおよその最終身長がわかる。
たとえば、調査で、1歳から4歳までの3年間における平均的な伸長(1年単位)を計算すると、
[男の子]
- 1~2歳 8.7センチ
- 2~3歳 7.6センチ
- 3~4歳 6.8センチ
[女の子]
- 1~2歳 8.6センチ
- 2~3歳 7.7センチ
- 3~4歳 7.4センチ
という数値が出る。平均値は、その年齢児の6か月時点である。
そこで、平均伸長を実際の子どもの身長に足していくと、4歳での背の高さ(身長)の平均がわかる。1歳6か月の男の子の平均は80.5センチ、女の子は79.4センチだ。これに平均伸長を足していくと、4歳6か月時点では、男児103.6センチ、女児103.1センチとなる。
同様に、厚生労働省健康局(2004年)による4歳6か月換算時点での平均身長データは、男児104.1センチ、女児103.Oセンチとなっている。
この数値は、筆者の調査にくらべて、男子プラスO・5センチ、女子マイナスO.1センチだ。まったくこれは誤差の範囲で、筆者調査にしても、厚労省調査にしても、4歳6か月児は103~104センチである。
どうして人は背の高い人が好きなのか?
いまの日本では、ほぼ成長期の終わった17歳の平均身長が、男子で170・9センチ、女子では158.Oセンチという統計(文部科学省。平成18年度)が出ている。
そうすると、平均値から見て、仮に内分泌不全などの病気が原因ではなく、最終身長が男子で155~160センチ、女子で145センチほどしかなければ、かなり低身長ということになる。
クリニックには、そうした低身長を気にかけて相談に訪れる親子の方が、年を追って増えてきている。
私は「健康とは何か」という観点から、いきいきと楽しい人生を送ることのできるような「自信あふれる身体づくり」を手助けする医療を展開してきた。
コンセプトは3つ、”長生きできる身体””体調絶好調の身体”容姿見事な身体”である。そして、その一環から「身長の伸びる」研究も続けてきた。
研究の過程で「人の身長が伸びる」、つまり「伸長」には、ある法則性が見られることがわかってきた。食生活や運動を含む生活の改善を心がければ、身長を伸ばすメカニズムが活発になることも判明した。
それにしても、一般的な傾向として、人はなぜ背の低いことを気に病み、少しでも背を高くしたいと思うのだろうか。
人間の体を考えると、たとえば心臓などの機能が同しであれば、低身長のほうがエネルギー効率がよい。大きくなればなるほど、心臓などへの負担が増え、エネルギーも多く消費することになる。つまり、大雑把にいえば健康に利することはない。
にもかかわらず、人は長身に憧れる。ことに女性は背の高い男性を好む傾向が強い。いまではカビの生えたような言葉だが、バブル全盛期に「三高」という文言が流行って男性を悄然とさせた。いわく「高収入、高学歴、高身長」である。
高収入は実利、高学歴は世間体プラス頭の良さ、そして高身長は見た目なのであろう。要するに、外見も相手の財産の一つというわけだ。
たしかに、人は外見を気にする生き物である。大の外見を批評するのは、はしたないとされた時代もあったが、じつのところ鏡に映る自分の姿を見て、ひとり溜め息を漏らしていたであろうことは想像にかたくない。すべて、時代時代に「美」とされる人の造作に照らし合わせてしまうためである。
そんな現実を昇華する、というより逸らすためにか、人は姿の美しさではなく、心の美しさを愛でた。
人の価値は、顔や姿ではない、心のあり方にこそ価値があるのだ、見た目を気にするのは心の貧しい者である、などなど気高い教えが、いくらかは気持ちを安らげたが、しかし、好きな異性でもできれば自分の姿形が相手にどんな印象を与えるのか、と悶々とするのも恋の患いであった。


